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名古屋地方裁判所 昭和45年(わ)1658号 決定

主文

本件公訴を棄却する。

理由

本件公訴事実は、「被告人は、名古屋市昭和区八事裏山六九の四九所在私立名城大学学生で組織する天白学生共闘会議派の学生であるが、昭和四五年六月一九日、同派学生が同大学法商学部一号館前において立看板を用いるなどして授業放棄のピケを張り教職員の立入り阻止を行なった際、右ピケに反対して同玄関前附近及び右法商学部一号館内に集った体育系学生の身体に共同して危害を加えこれを同所から排除しようと企て、杉山祐一と共謀のうえ、同日午後二時一〇分ころ同大学のクラブ・ハウス前広場にそれぞれ角材(四センチメートル角、長さ約二メートル)を携え集った右共闘会議派学生約四〇名に対し、杉山祐一において「我々は今から角材で武装してスト破りの右翼に実力で対抗しよう」などと演説し、引き続き同日午後二時三〇分ころ前記共闘会議派学生ら並びに右法商学部一号館内及びその附近にいた学生に対し、被告人において、『一号館から右翼学生を駆逐する。敵対する意思のないものは早く立ち去れ』などと演説し、前記共闘会議派学生らに右企図を実現するため所携の角材を使用する決意を固めさせ、更に同日午後三時ころ、右法商学部一号館附近に集っていた体育会系学生らを排除するため前記共闘会議派学生らに対し、杉山祐一において、『突撃』の合図をなしてこれを指揮するなどし、同日午後二時一〇分ころから午後五時五〇分ころまでの間、角材を携えた前記共闘会議派学生約四〇名を同大学クラブ・ハウス附近及び右法商学部一号館前附近に集合せしめ、もって他人の身体に対し共同して危害を加える目的をもって兇器の準備のあることを知って人を集合させたものである。」というのである。

ところで本件訴訟の経過をみるに、被告人は前記公訴事実により昭和四五年一二月二日名古屋地方裁判所に公訴を提起されたもので、右事件の第一回公判期日は当裁判所が検察官、被告人および弁護人出席の上同月一八日開廷し、被告人の人定質問、起訴状朗読および刑事訴訟法第二九一条第二項の手続まで進行した段階で、弁護人より本件記録閲覧未了のため期日続行の申立があり、検察官からも記録の整理未了の釈明があったので、被告人に事件に対する陳述の機会を次回公判期日に与えることとして、第一回公判期日を閉廷したこと、昭和四六年二月一七日に開いた第二回公判期日の冒頭において、被告人および主任弁護人から起訴状謄本が被告人に送達されないまま公訴提起から二ヶ月を経過しているので公訴棄却の裁判を求める旨の申立がなされたことはいずれも記録上明らかである。

そこで起訴状謄本送達の瑕疵の存否について検討するに、≪証拠省略≫によれば、被告人は兇器準備集合被疑事件により昭和四五年一一月二三日から愛知県昭和警察署に勾留されていたが、同年一二月二日公訴を提起されたので、当裁判所は同月三日起訴状謄本を同警察署長宛発送したこと、ところが被告人は同日に右警察署から名古屋拘置所に移監されたこと、起訴状謄本は同月五日同警察署に到着し、巡査部長渡辺英敏によって受領されているが、同警察署において、当裁判所に返還、被告人の移監先に送付する等、適切な措置を講ずることなく、これを保管していて、昭和四六年三月一日に至って当裁判所に返還してきたことがそれぞれ認められる。

以上の事実によれば、公訴の提起があった日から二ヶ月以内に、被告人に起訴状の謄本が送達されなかったことが明白であるから、本件公訴の提起はその当初にさかのぼって効力を失ったものといわねばならない。

検察官は、公訴提起の効力について公訴提起後二ヶ月以内である前記第一回公判期日において、検察官が起訴状記載の公訴事実を朗読したが、これにつき被告人若しくは弁護人から何等異議の申立がなされなかったから、昭和二七年七月一八日最高裁判所決定、昭和二四年一二月七日福岡高等裁判所判決、昭和二六年九月二五日および同年三月一三日東京高等裁判所判決に従い、起訴状謄本不送達の瑕疵は治ゆされたものであると主張する。しかしながら所論引用の各裁判例は、いずれも公訴事実に対する被告人の意見陳述の段階で、起訴状謄本不送達の瑕疵につき何ら異議の申立がなされないまま審理に入り、訴訟手続が進行された場合に関するものであって、前述の如く起訴から二ヶ月以内の第一回公判期日において、被告人の意見陳述の機会が付与されておらず、起訴から二ヶ月後の第二回公判期日において、右意見陳述に先立って公訴棄却の申立をなした本件とは、事案を異にし、適切でないので、所論は前提を欠き採用することはできない。

従って、本件は刑事訴訟法第二七一条第二項に該当する場合であるから、同法第三三九条に則り、決定をもって公訴を棄却すべきところ、すでに被告事件につき実体審理に入った以上、判決を以て公訴を棄却すべきであるとの見解(東京高裁判決昭和二七年五月一三日、高等裁判所刑事判例集第五巻第五号八〇四頁参照)もあるが、この解釈は昭和二八年法第一七二号により同法第三三九条第一項第一号が追加される以前のものであって、当時は右法条の規定が欠けていたので、起訴状謄本不送達の場合でも訴訟が形式的に係属し実体の審理に入っている以上、判決をもって訴訟関係の終結を宣言すべきとの配慮も必要であったのであるが、前記改正による同法条が明記されている現行刑事訴訟法のもとにおいては、かような点を考慮する必要も消滅したものであるから、前記解釈は本件について適切でない(この点は本案審理に入った後被告人の死亡した場合に想到すれば、自明である)。

よって刑事訴訟法第三三九条第一項第一号に従い主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 堀端弘士 裁判官 鈴木雄八郎 西川道夫)

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